持田恭子の学歴と経歴が凄いけど、結婚はしているの?ケアラーっていったい何?【ハートネットTV】

こんにちは、トモミです。

持田恭子さんという人物をご存知でしょうか?

2020年5月13日20時からNHKで放送予定の

「ハートネットTV」

に出演される

一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会の

代表理事の方です。

学歴経歴結婚はしているのかなどについて

気になったので色々調べてみました!

ケアラーって言葉が出てきたんだけど、

全然聞きなれない言葉だったので、

ケアラーって何なのかについても調査したよ~!

それでは行ってみよう~!

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持田恭子さんの経歴や学歴は?

出典元:https://www.voicemarche.jp/

【名前】持田恭子(もちだ きょうこ)

【生年月日】1966年4月3日(54歳)

【出身地】東京都

【職業】一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会の代表理事

【学歴】情報セキュリティ大学院大学

持田恭子さんは先ほど書いたように

一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会の代表理事している方です。

高校卒業後に通訳の専門学校から夜間の大学に進学して、

その後に情報セキュリティ大学院大学に進学しています。

情報セキュリティ大学院大学は

神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町にある私立大学で

2004年にできた新しい大学です。

IT技術からマネジメントまで

サイバーセキュリティについて

総合的に学べる大学です。

持田恭子さんはダウン症の兄がおり、

小学生の時にはゆっくり成長する兄の身長を

追い越してしまい

周囲から兄を弟のように思われていたそうで、

それがとても悲しかったそうです。

兄妹の仲はとてもよくいつも一緒に遊んでいましたが、

高学年になると「あの家にはバカがいる」と

からかわれて悔しかった反面、

少しずつ兄の存在が恥ずかしいと思うようになったそうです。

ダウン症のある人は短命で

20歳まで生きられないと言われていたので、

兄が死んでしまうかもしれないと聞くたびに

漠然とした不安を感じていたそうです。

兄が20歳の時に結核性髄膜炎を患い、

本当に兄は短命なのかもしれないと感じ、

その後、兄は無事に回復しましたが

それ以来、兄の健康を気遣うあまりに

自分の生活よりも兄を中心とした生活になり、

窮屈さと不公平さを感じるようになりました。

25歳の頃に、イギリスで仕事をするチャンスを得て、

ようやく自分の生活ができるということが嬉しくて

このチャンスは絶対に逃したくないと思っていましたが、

母から「もし行くなら親子の縁を切る」と言われ、

それでもいいと覚悟してイギリスにいきました。

通訳の専門学校に行っていてことが

ここでいかされたんですね。

ここからロンドンの大手通信社で勤務し、

障碍者と全くかかわらない生活をしていました。

生まれた時から障碍者と関わってきていたので、

周囲の反応を見て一喜一憂するストレスから解放されていました。

帰国後、アメリカの企業であるブルームバーグで

Assistant Vice Presidentとして働き始めました。

Assistant Vice Presidentとは部長補佐のことで

ここから介護と仕事の両立が始まるのですが、

ここからの経歴が本当に凄いです。

PC雑誌に載っていたダウン症の親御さんが

作ったホームページが気になり、連絡をしました。

そこから自分で「ダウン症児者の兄弟ネットワーク」

というホームページを作り、

それが口コミで広がり80人以上が参加する

メーリングリストで意見交換を始めました。

仕事でアメリカ出張が多かった中、

病児きょうだい児支援Sibshopの主催者である

ドナルド・マイヤーのもとを訪ね、

ビクトリアという女性を紹介されます。

メーリングリストを介した意見交換に

行き詰まりを感じていた時にビクトリアに

「40代になったら必ずきょうだい支援の世界に戻ってくる。

今は自分の人生を楽しみなさい

と言われ、悩んだ末にメーリングリストを休止しました。

転職してシティグループ証券のAssistant Vice Presidentに就任し、

IT Security Managerとしての仕事も兼任していました。

同じころに大腸がんが見つかった父の闘病が始まり、

2年後に父が旅立ち、

その後、父親代わりしている中で、

母が倒れ、在宅介護をすることになりました。

仕事と介護と兄の世話をする中で椎間板ヘルニアを発症し、

体力的な限界を感じ、

母と兄を別々の施設に入居させることを決めました。

親子を自分が引き離してしまったという

罪悪感と喪失感に苛まれ、

うつ病を患い、治療を受けました。

うつ病完治後に結婚し、

母と兄の世話を見過ぎているという

夫の指摘のおかげで客観的に家族を見れるようになりました。

その後、40代でケアラーアクションネットワークを立ち上げました。

書いているだけでも壮絶な人生だと思いました。

特に仕事が部長補佐になるほどできる中で

母親と兄の世話をしなければいけないのは

凄く葛藤があったと思います。

施設に預けたら預けたで

うつ病になるほど苛まれるのは

責任感が強いからだと思いました。

そんな中で一番信頼できる旦那さんが

客観的に意見をくれるのは冷静になれますし、

それを持田恭子さんが素直に聞けるのも

いい関係が築けているからかもしれませんね。

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持田恭子さんは結婚して旦那さんや子供さんはいるの?

持田恭子さんには旦那さんやお子さんはいらっしゃるのでしょうか?

と言いつつ、先に書いたように旦那さんがいらっしゃいます(笑)

持田というのは結婚後の苗字だそうで、

結婚前は「茂住」だったそうです。

持田恭子さんは旦那さんのことを

「まーくん」

と呼んでいるそうです。

ラブラブですね!(笑)

お子さんについては情報が出ていませんでした。

結婚したのが、2011年頃とのことなので

お子さんは難しかったのかもしれませんね。

持田恭子さんはキャリウーマンとしてバリバリですし、

2重介護があったりと私生活も大変な状況なので、

考えた末の選択かもしれません。

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持田恭子さんが関わっているケアラーって何なの?

そんな持田恭子さんが関わっているケアラーの支援とは何なのでしょうか?

そもそもケアラーという言葉を初めて知りました。

ケアラーとは無償の介護者のことを言うそうです。

親やきょうだい、祖父母の介護に至るまで

無償で介護している人たちのことケアラーと呼びます。

最近では認知症のおじいちゃんやおばあちゃんを

未成年の子供が見るヤングケアラーが増えてるそうです。

子供が介護にかかわると友達と遊ぶ時間を失ったり、

部活動などに参加できなくなったり、

自宅での勉学に支障をきたしたりと

色々な問題があるそうです。

でも、介護している本人は

おじいちゃんおばあちゃんと遊んでいると

思っていることも多く、介護をしているのが

当たり前になっている場合もあるみたいです。

また、ワーキングケアラーというのもあり、

仕事をしながら介護をする人のことを言うそうです。

最近よく話題になる介護疲れとかが

このワーキングケアラーに当たると思います。

障碍者のケアだけがケアラーに当たるわけではなく、

介護する人全般に使われる言葉なので、

認知症や高齢者介護従事者のほうが多いかもしれません。

持田恭子さん自身はダウン症の兄がいたことで、

子供の頃から兄のことを世話するのが当たり前に

なっていたので、ヤングケアラーとしてずっと過ごしてきたことになります。

高齢出産をするとダウン症になる確率が上がると言われており、

実際に高齢出産が増えていることもあって、

ダウン症の人は増えています。

また、羊水検査などで事前に

ダウン症の可能性を把握することができるので

検査で異常だと結果が出た場合、

97%が妊娠中絶を選ぶそうです。

ケアラーの話とは直接関係ないかもしれまれませんが、

しょうがいがある人でも生きやすい世の中なら、

この選択が変わることもあるかもしれませんね。。。

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まとめ

今回は持田恭子さんについて色々調べてみました。

障碍者や介護などに直接かかわることが少ないので、

ケアラーという言葉も知りませんでした。

調べていくうちに持田恭子さんのキャリアの凄さと

介護と共にある人生で色々と考えさせられる内容が多かったです。

持田恭子さんのこれからの益々のご活躍を期待したいですね。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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